津地方裁判所 昭和50年(ワ)167号
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告西村眞弓に対し、金一〇七三万三七五九円及び昭和四九年から毎年一二月末日限り金三二万一〇三〇円並びに右金一〇七三万三七五九円に対する昭和五一年一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告西村士郎に対し、金六〇四万九七三六円及び内金四四四万四五八六円に対する昭和五一年一月一三日から、内金一六〇万五一五〇円に対する昭和五五年一月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は、原告西村敏郎に対し、金七〇一万二八二六円及び内金四四四万四五八六円に対する昭和五一年一月一三日から、内金二五六万八二四〇円に対する昭和五八年一月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告西村幾郎に対し、金四四四万四五八六円及び昭和四九年から同六〇年まで毎年一二月末日限り金三二万一〇三〇円並びに右金四四四万四五八六円に対する昭和五一年一月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は被告の負担とする。
6 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告西村眞弓(以下、原告眞弓という。)は海上保安官として尾鷲海上保安部に勤務していた亡西村徹(以下、徹という。)の妻であり、その余の原告らはいずれも徹の子であって、原告らはすべて徹の相続人である。
2 徹の死亡
徹は、昭和四九年二月一五日午前八時ころ出勤し、同日午後九時四五分ころ、勤務中に胸内苦もん等の発作を起こして倒れ、永田病院で診察を受けた後、帰宅して就寝したが、翌一六日未明再び心筋発作を起こし、同日午前四時三五分心臓麻痺によって死亡した。
3 徹の死亡するに至った原因
(一) 徹の経歴及び職務内容等
(1) 徹(昭和八年八月三一日生)は、同二七年三月三重県立水産高等学校漁業科を卒業し、同年五月海上保安庁に海上保安官補として採用され、以来、海上保安部で海上保安官として勤務し、そのほとんどの期間を別紙(略)のとおり鳥羽海上保安部及び尾鷲海上保安部に所属する巡視船の甲板員、操舵員、操舵長、甲板次長、砲員長として海上勤務に従事してきたが、これはいずれも小は巡視艇くきかぜ総トン数二四・三四トン乗員五名の船舶から大は巡視船こうず総トン数三九三・六九トン乗員三二名の規模の船舶に乗り込み、海上を巡視したり、衝突、乗り上げ、火災、浸水、転覆等遭難船を捜索したり、救助したり、海難事故を処理する仕事が主な職種であった。
(2) 船が遭難する場合は、暴風雨が激しく荒狂う波浪が高いときがほとんどであるから、遭難船を捜索すること自体が巡視船そのものの遭難の危険性を常にはらんでおり、更に、浸水する遭難船を救助する作業は厳冬の中でもずぶ濡れになって生死にかかわる緊張と労力の全力投球を要する苛酷な重労働である。
遭難船を発見するまでの航行そのものが、まさに命がけであり、捜索するのに一〇日間を要することもあり、乗務員全員が激しい船酔を起こし、絶食し、果ては血まで吐く状況で、遭難船を救助する作業を終えて帰宅するころには、青白くげっそりとやせ細り、まるで病人同様の容態を呈した。
(3) ちなみに、昭和三八年から同四八年までの海難事故は、尾鷲海上保安部管内だけでも、一四七件惹起している。
(二) 主な病歴
徹は、幼少のころから健康体であったが、昭和四五年六月三日ころ胃潰瘍、同年八月四日ころ肥大心の診断及び治療を受け、同四八年三月一七日心筋梗塞で入院し、四月七日退院後は死亡時まで月二、三回通院した。徹は前記のとおり同四九年二月一六日死亡したが、直接死因は心臓麻痺、その原因は心筋障害と診断された。
(三) 徹が死亡するに至ったのは、以上の徹の経歴、職務内容及び病歴から明らかなように、その過激な業務に起因するものである。
すなわち、過労やストレスは、心臓血管系の疾病を増悪させ、ひいては急性心臓死が発病する素因を形成する誘因となることが医学的に認められている。
徹の海上勤務の苛酷さの持続は、その生理に有害な作用を及ぼし、疲労とストレスを蓄積させ、血圧変動を起こさせ、急性心臓死を発病させた。
また、昭和四八年四月二六日以降の陸上勤務である警備救難課における無線電話聴取、記録電報の整理、決議文書の回覧、浄書、資料の整理等の業務は、徹にとっては慣れないために著しく神経の消耗する業務で、徹はしきりに海上勤務に就きたい旨要求していたものであり、また救難課における当直は、昼夜を問わず交信のため仮眠はほとんどとれず、翌日朝食をとりに自宅に帰り、朝食をすませるとすぐまた出勤して夕方まで勤務する場合もあり、しかも、これが一か月に三・四回もあったので、心身共に疲労困憊する日々が続いた状態であって、陸上勤務は徹にとって、むしろ、ストレスが一層蓄積し症状を増悪し、これもまた急性心臓死を招いた重要な素因であったと解せられる。
(四) 以上のように徹は執務時間中、執務中に倒れ、数時間後に死亡するに至ったもので、執務の過労やストレスに起因するものであることが明らかであるから、公務上の死亡である。
4 責任
使用者は、労働契約において、労働者に対し、賃金支払義務のみでなく、労務提供の過程における生命や健康の安全のために物的設備・環境・健康管理等に充分配慮し改善する等の継続的な安全配慮義務をも負っている。
本件において、被告は、徹を海上保安官として採用し前記のような職種に使用する以上、海上勤務において前記のように苛酷な就労を強いる際には、少なくともその前後においてできうる限り健康診断をなし、健康管理について適切な指示を与える等して十二分に健康の安全のために配慮し、また肉体的過労及び精神的ストレスの継続の蓄積が重大な症状に移行することを予想して多項目の健康管理体制をとり、漫然と事務労働が軽作業であると考えて放置することなく、その症状を追跡チェックする等して万全を期すべきであった。
しかるに、被告は右安全配慮義務を怠り、漫然、徹を右の如き生命と身体の危険にさらさせ極限の緊張と激務に従事させ、疲労困憊させて、徐々に心筋障害を惹起させ、更に増悪に拍車をかけ、遂に死亡するに至らしめ、これを回避するための何らの措置をもとらなかったものであるから、これが損害賠償を支払う責任がある。
ちなみに、被告は、尾鷲海上保安部の海上保安官の健康管理について配慮した事実はほとんどなく、僅かに年一回形式的な保健所での健康診断を行ったが、海上勤務は苛酷であるうえ、陸上からかなり離れた海上で何日も勤務する場合もあり、とっさに症状に対応しえないこともありうることからみて、あまりにも少なすぎるものであり、また、その検査項目も不十分であり、健康管理体制がとられていたとは到底言い難いものである。
5 損害
(一)徹の逸失利益 金二三二〇万二五五九円
ただし、年収二〇七万一一六四円、生活費控除率は三分の一、ホフマン係数一六・八〇四
{2,071,164-(2,071,164×1/3)}×16.804=23,202,559
(二) 徹の慰謝料 金一〇〇〇万円
四〇歳にして妻と子三人を残して生命を断たれた精神的苦痛は何ものによっても償いえないが、その一端を慰謝するとしても金一〇〇〇万円を下らない。
(三) 原告眞弓の慰謝料 金一〇〇〇万円
愛すべき夫を失い、子三人を抱えて路頭に迷い、今後の暗たんたる生活をどう切り開いていくかその精神的苦痛は右金員をもって到底慰謝されるものではない。
(四) その余の原告らの慰謝料各金五〇〇万円
子らは各一三歳、一〇歳そして七歳にして父を失ったその精神的苦痛は決して右金員で慰謝されるものではない。
(五) 弁護士費用 金一〇〇万円
(六) 原告眞弓は徹の逸失利益及び慰謝料の合計金三三二〇万二五五九円の三分の一、その余の原告らは九分の二を各相続し、弁護士費用のうち原告眞弓は金四〇万円、その余の原告は、各二〇万円を負担したので、原告眞弓の損害は金二一四六万七五一九円、その余の原告は各金一二五七万八三四六円となる。
(七) 徹の死亡は、公務員の死亡であるから、国家公務員災害補償法一七条一項により、原告らは、一年につき訴外人の平均給与額の年額の百分の六二に相当する額の均等割の金員を取得するところ、被告は原告らに対し、原告らの申立を棄却してこれを支給せず、これを不当に利得している。
よって原告らは被告に対し、昭和四九年から毎年一二月末日限り、各均等割額金員の支払を求めるものであるが、右金員は
2,071,164×62/100×1/4
の算出で金三二万一〇三〇円となる。
ただし、原告眞弓を除く原告らについては、一八歳に達するまで支給されるのであるから、
原告西村士郎については、昭和三六年一一月二六日生れであるから昭和五四年までで、金一六〇万五一五〇円
同西村敏郎については、同三九年八月二八日生れであるから昭和五七年までで、金二五六万八二四〇円
(何れも翌年の一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。)
同西村幾郎については、同四二年一二月二六日生れであるから同六〇年まで均等割額の金三二万一〇三〇円となる。
6 結論
よって、被告に対して、原告眞弓は、前記損害賠償金合計二一四六万七五一九円の内金一〇七三万三七五九円及び災害補償金として昭和四九年から毎年一二月末日限り金三二万一〇三〇円並びに右金一〇七三万三七五九円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告西村士郎は、前記損害賠償金合計一二五七万八三四六円の内金四四四万四五八六円及び不当利得金(災害補償金)一六〇万五一五〇円の合計金六〇四万九七三六円及び不当利得金(災害補償金)一六〇万五一五〇円の合計金六〇四万九七三六円及び内金四四四万四五八六円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一月一三からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を、原告西村敏郎は、前同損害賠償金内金四四四万四五八六円及び不当利得金(災害補償金)二五六万八二四〇円の合計金七〇一万二八二六円及び内金四四四万四五八六円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一月一三日から、内金二五六万八二四〇円に対する弁済期の後である昭和五八年一月一日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告西村幾郎は、前同損害賠償金内金四四四万四五八六円及び不当利得金(期限到来分)及び災害補償金として昭和四九年から同六〇年まで毎年一二月末日限り金三二万一〇三〇円並びに右金四四四万四五八六円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1及び2の各事実は認める。
2(一) 同3・(一)・(1)の事実は認め、同(2)は争う。同(3)は認める。
実際に徹が従事した海難救助の件数及びその内容、救助時の気象・海象の状況等をつぶさに検討してみるならば、同人の職務が、原告らの主張しているような苛酷な重労働であったとの結論は到底出しえないものである。
(二) 同(二)の事実のうち、徹の幼少のころの健康状態については不知。その余の事実は認める。
(三) 同(三)は争う。
本件疾患はその症状及び経過からみると、いわゆる原発性心筋疾患に含まれる心筋障害であると判断されるが、この疾患の原因については体質的な要素が考えられる以外不明であって、特に誘因が見当たらなくとも心臓発作を発症し、死に至る場合も多いとされているところから考えてみても、本件では、徹本人の有していた素因の自然的進展によって発病し、死亡するに至ったと考えるのが相当であって、徹の従事していた海上勤務・陸上勤務と本件疾患・死亡との間に因果関係は認められない。
(四) 同(四)は争う。
3 同4は争う。
被告は、左記のとおり、健康診断として一般定期健康診断と特別定期健康診断を実施して徹を含む全職員の健康状態の把握に留意し、異常が認められた場合は、当該職員のために勤務内容についての配慮として通院又は入院加療、あるいは医者の診断に基づき軽作業に就かせる等のほか、仕事の分担についても特別な配慮をしていたものである。
(1) 健康診断
徹の健康診断は、他の職員とともに職員の保健及び安全保持(人事院規則一〇―四)のため定期に一般定期健康診断を実施していたほか、深夜業務を必要とする船舶乗組員に対して実施する特別健康診断を実施した。
(2) 勤務内容についての配慮
イ 被告が徹の心筋梗塞の疑いがあることを知ったのは、昭和四八年三月一六日、巡視船「かみしま」で実施した射撃訓練終了後海交クラブにおいて行われた打上会の席上で徹が突然胸痛を訴え、医師に受診した結果の報告を受けたことに始まるが、被告は、その後、徹に対し、右病の治療のため入院加療をさせて治療に専念させた。
ロ 更に、昭和四八年四月二六日、徹から軽勤務可能の診断書を添えて、出勤しない旨の申し出がなされたか、被告は右診断書の趣旨に沿い、徹の健康保持の観点から、同日付で徹を尾鷲海上保安部予備員に配置換、同警備救難課に勤務指定して同月二八日から同課で軽勤務に従事させるとともに勤務時間中の通院治療を認めるなど十分な治療を続けうるよう配慮した。
ハ 昭和四八年一〇月二三日、徹は、海上勤務を可能とする診断書を被告に提出し、乗船勤務を強く希望したが、被告は、徹の健康に影響を及ぼすこともありうると判断し、海上勤務に就かせることを当面見合せ、同人の健康状態とにらみあわせたうえ、その希望をかなえるべく、海上勤務には常に夜間勤務を伴うことから体ならしめのため、まず陸上において当直の補助員として勤務させ、同人を副直とする二人勤務(通常は一名で担当)とし特別な配慮をした。
(3) そのほか、徹みずからも、一日も早く海上勤務に復帰したいとの一念から体ならしと称して勤務とは別に、昭和四八年一一月二〇日から昭和四九年二月七日までみずからの意思で自動車運転免許取得のため尾鷲自動車学校に通学したが、これに対しても尾鷲海上保安部においては右期間中、受講時間と勤務時間とが重なる場合など同人に負担がかかることのないようにとの配慮から他の職員に仕事を分担させるなどの配慮を行っていたものである。
4 同5は争う。
(一) なお、同5・(七)につき、原告らの主張のように、これまでの損害賠償請求に追加して遺族補償年金の給付請求をも合わせてすることは、損害賠償請求と災害補償請求とが相互補完の関係にあり、同一の事由による同質、同一の損害の二重填補を排除するものであるから、まさに二重取りをしようとするものにほかならないのであって、原告らの本件請求の拡張の失当なことは明らかである。
(二) なお、原告らの従前の本件損害賠償請求については、仮に原告らの右請求が認容されたとしても、原告らが従前主張する損害額のうち、原告眞弓については、原告眞弓が相続した徹の損害賠償債権額から、原告眞弓がすでに給付を受けている遺族年金相当額は控除されなければならない。
すなわち、徹の妻である原告眞弓は、すでに国家公務員共済組合から遺族年金の支給を受ける権利を取得し(国家公務員共済組合法四一条、四三条、八八条等)、現に昭和五〇年六月から同五七年九月までの間に、遺族年金として金四四三万一二〇三円の支給を受けているものであるから、徹の逸失利益金二三二〇万二五五九円のうち、原告眞弓が相続分三分の一をもって相続した金七七三万四一八六円から、少なくとも右給付相当額金四四三万一二〇三円を控除すべきである。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1、2並びに3・(一)・(1)及び(3)の各事実は当事者間に争いがない。
二 徹の死亡に至るまでの健康状態及び職務内容等について
前記の争いのない事実に、(証拠略)並びに原告西村眞弓本人尋問の結果を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない(右原告本人尋問の結果中、この認定に反する部分は採用できない。)。
1 昭和四八年三月一六日以前の状態
(一) 健康状態について
徹は、筋肉質のやや小柄な体格で、昭和二七年五月一日、海上保安官補として採用されてから、後記のとおり、昭和四八年三月一六日、心筋梗塞の疑いとの医師の診断を受けるまでの約二一年にわたる勤務期間中、そのほとんどの期間海上勤務に就いていたが、その間、格別身体の不調を訴えるというようなこともなく、一般定期健康診断及び特別健康診断の結果もすべて「異常なし」で、特に右昭和四八年三月一六日の前三か月間は、身体の不調を理由として勤務を休むというようなことは一度もなく、健康状態は良好と認められた。徹の勤務状況は非常に勤勉で、協調性にも富み、例えば、職場で実施されたソフトボール大会などには率先して参加したり、また、勤務を終えてから気の合った仲間と麻雀を楽しんだり、時にはバーなどへも出掛けたりしており、体調不良とは認められない状況であった。
(二) 職務内容について
(1) 巡視船艇の行動範囲は原則として所属海上保安部の担任水域内であり、巡視船艇は予め設定された行動計画表に基づき、担任水域内の沿岸にそって行動し、その行動日数は一か月を三分し、その二にあたる部分が航海、その一にあたる部分が整備というパターンを繰り返すため、一か月では一八日ないし二〇日であり、行動中は航海当直が置かれ、四時間勤務すると次の八時間は休み、次にまた二回目の四時間勤務をするという形態を繰り返し、三当直交替制をとっていた。なお行動日数以外の一〇日ないし一二日間の停泊期間中は、五日間が休養日とされ残りが船体整備、物品補給にあてられていた。
(2) 昭和三八年から同四八年までの間に尾鷲海上保安部管内で発生した海難発生件数は延べ一四七件であり、年平均一五件弱である。しかるところ、徹が同四七年一月から同四八年三月までの間乗船していた巡視船かみしまの同期間中の海難救助業務実施状況は、遊泳者や船員の転落事故を含め、二四回程度であるが、救助時の気象、海象の状況等からみて、悪天候下での救助活動といえるのは、同四七年一一月一四日に発生したヨット・マーメイドⅡの捜索救助活動位でごくまれであり、救助活動中にも特別な緊急事態でない限り、通常の航海当直で業務を遂行するため、四時間の当直が終われば八時間は休養に当てることが可能であった。
(3) 徹は昭和三二年ころ李ライン特別哨戒出動したことがある(一か月間一回八日出勤で二回程度)が、右期間中気象条件によるものは別として、特に緊張を要するような具体的紛争状況はなかった。
2 前項以降死亡直前まで入院通院中の状況
(一) 徹は、昭和四八年三月一六日、射撃訓練の打上げ会の席で飲酒中、突然胸痛を発し、永田芳朗医師に受診したところ、不整脈を伴う心筋梗塞の疑いありとの診断を受けた。
その時の症状は、脈拍八〇、不整脈はなく、血圧値最大94mmHg最少50mmHgであったが、徹は、診察中に胸痛を訴え脈拍一二〇の不整脈となり、翌一七日心電図検査を受けたところ、心筋梗塞の所見ありとされ、鎮痛剤を注射後、尾鷲総合病院を紹介されて、同病院に入院した。
(二) 尾鷲総合病院には同日から四月七日までの三週間入院したが、そこにおける徹の症状としては、初診時のX線検査で心臓肥大の所見があり、入院後軽度の胸内苦もん感があるも、二日ほどで軽快し、その後はほとんど無症状であり、心電図、X線検査の結果心筋障害の所見ありとされたが、入院中の経過は良好で、同病院坂倉医師の昭和四八年四月七日付け診断書によれば「病名心筋障害。右症により向後三週間の安静加療が必要と考える。」となっている。
(三) 徹は、尾鷲総合病院を退院後も死亡するまで同病院に二週間おきに通院し、心筋障害としての治療を受けていたが、その後の経過も良好であった。
3 診断書が提出されてからの陸上勤務の状況
(一) 昭和四八年四月二六日、徹から尾鷲海上保安部長に対し、同日付尾鷲総合病院医師坂倉武彦作成の診断書が提出された。同診断書では、「病名心筋障害、右症により加療した所、軽快したが、二八日から軽勤務に就きうると考える。但し、なるべく事務的な範囲で日中八時間位とし、海上での勤務はさける事が必要である。」とされていたため、右診断結果に沿って、同日、第四管区海上保安本部長は、徹を尾鷲海上保安部予備員に配置換えし、尾鷲海上保安部長は、徹を警備救難課に勤務指定し、軽勤務に従事させることとした。
同課において、徹は、無線電話の聴取・記録、電報の整理、決裁文書の回覧・浄書、資料整理等心身に負担のかからない業務の担当を命じられており、その業務量もおおむね半日位の実働時間で処理できる程度のものであった。
(二) 同年一〇月二三日、徹から再度尾鷲海上保安部長に対し、同日付前記坂倉医師作成の診断書が提出されたがく同診断書には「病名心筋障害、右症により加療中であるが海上勤務可能の状態になったと考える。但し、心身の過度の疲労を来さない様に注意する事が望ましい。」との記載があり、徹からは、右診断書提出の際、乗船希望の強い申出があったので、同部長は、右診断結果と本人の希望を考慮して、同年一一月一日、まず、徹に夜間勤務を伴う海上勤務復帰の体ならしをさせるため、同人を八日間に一回の割合で当直員の補助員としての当直勤務に従事させることとした。
(三) 当直勤務の内容は、昼間の勤務に引き続き、午後五時三〇分から翌日午前八時四五分までの間において、実働八時間四五分勤務するものであって、その職務内容は、外部からの電話の応対、文書の収受、庁内巡視、行動中の巡視船との交信、非常の場合の応急措置等であり、海難事故等事件発生の場合を除くほかは、常時緊張を要するものではなく、午後一〇時以降は業務上必要がなければ仮眠もでき、翌日は、当直明けとして帰宅できることとされていた。そして、徹が当直勤務についたのは、昭和四八年一一月九日以降合計一〇回(本件の場合を除く)あるが、翌日はいずれも非番であり、帰宅していた。なお、この当直勤務は通常は一人で行うものであったが、徹の勤務の場合のみ同人を副直とする二人勤務とさせるという特別の配慮がなされていた。
(四) なお、その間徹は、勤務とは別に、年次休暇をとって、運転免許取得のため、自動車学校へ通学していた。
4 死亡前日から死亡までの状態
昭和四九年二月一五日、徹は午前八時一〇分オートバイで登庁し、通常業務に従事した後、午後五時三〇分から同僚の服部進一とともに司令室において当直勤務に人った。同司令室には、徹ら二名の外巡視艇くきかぜ停泊当直員の小林順一も勤務しており、合計三名で電話の応対、庁舎の見回り、尾鷲港内の航路標識の点燈確認などを行った。徹は、同八時三〇分ころ、庁舎前に置いた同人のオートバイが雨にぬれていると注意され、三階の司令室から降りて、小雨の中を約八七メートル、オートバイを移動させ、その後同八時四五分、巡視船の入港時刻問い合わせ電話の応対、同九時四〇分、同内容の電話応対、同九時四五分、巡視船からの無線電話を受信して通報処理後、突然、胸内苦もん等の発作を起こした。そこで右小林が自分の自動車に徹を乗せて一旦徹宅へ立ち寄って原告眞弓も同乗させたうえ、近所の永田病院に徹を連れて行った。徹は同病院で診療を受け安静にするよう指示された後、再び右小林の自動車に乗って同一〇時四〇分帰宅した。帰宅後同人は原告眞弓に対し、「夜八時過ぎに一階の車庫で用事をすませ三階まで階段をのぼったあと、急に冷たいところから暖かい部屋に入ったため、油汗がでて目まいがし胸が痛くなった。」旨の話をして、同一一時ころ就寝した。しかし、徹は、翌一六日午前三時五〇分ころ再び心臓発作を起こし、救急車で尾鷲総合病院へ運ばれる途中意識を失い、病院で人工呼吸などの手当をうけたが、同四時三五分死亡した。
三 徹の業務と死亡との因果関係について
以上認定事実をもとに徹の業務と死亡との因果関係について判断するに、徹が長年にわたって勤務してきた海上勤務はその性質上、一般陸上勤務に比し、ときに危険と緊張を伴うものであることは、これを推認するに難くないけれども、一般的にみて、心筋障害を惹起するような特に苛酷な業務内容を有するものとは認められず、他方で、前認定の徹の職種及び職務内容と勤務期間中の健康状態並びに疾病の性質、症状の発現と治療の経過を総合して判断すれば、本件はむしろ徹本人の体質的素因の自然的進展による発病との疑いがあり、結局、証拠上徹の海上勤務と心筋障害との間に相当因果関係があると認めるのは困難であるというべきであり、また、徹は昭和四八年三月に異常が認められてからは入通院、陸上での勤務軽減により、良好な経過をたどっていたこと、死亡前日の当直勤務においては緊急事態等の特に徹の身心の負担になるような業務に従事していたことは窺われないことからすれば、陸上勤務と死亡との間にも同様に相当因果関係の存在を認めることは困難であるというべきである。
したがって、徹の死亡は勤務中に発作が起きたものではあるが、公務に起因したものではなく、公務上の災害と認めることはできないものというほかはない。
四 安全配慮義務について
国は、国家公務員(以下、公務員という。)に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解すべきであり、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職務、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるところ、本件では徹の従事した業務は前記認定のとおり心筋障害の発症を招来するほど特に苛酷なものとは認め難く、他に右疾病の発症を予想できるような特段の事情も認められないうえに、被告は徹らの健康診断を実施してその健康状態の把握に努めてきたこと、徹の発病後は入院又は通院による加療をさせるほか、医師の診断に基づいて予備員に配置換して軽作業につかせるなどの勤務内容についての配慮も行い、徹も回復傾向にあったことが認められ、結局、被告には、原告らの指摘するような安全配慮義務違反の事実は認めることができない。
五 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求はその余の点について判断をするまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大津卓也)